現実社会におけるドクターヘリーの普及にも大きな影響をもたらしたことでも知られる本作。ファン待望の劇場版として、シリーズ最大のスケールとスペクタクルで描かれる大規模災害、そして人間ドラマに深みを与えるインビジブルエフェクトを中心に、一連のVFXワークをリードした中核スタッフたちに話を聞いた。

※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 241(2018年9月号)からの転載となります。

TEXT_石井勇夫
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada

『劇場版コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』
大ヒット上映中
監督:西浦正記/脚本:安達奈緒子/プロデュース:増本 淳/VFXスーパーバイザー:冨士川祐輔/VFXプロデューサー:井上浩正/VFXディレクター:菅原悦史、高橋正紀/VFXプロダクション:1、白組ほか
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© 2018「劇場版コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-」製作委員会

10年の長きにわたって育まれた本作の世界観を劇場スケールで描く

『コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』(以下、コード・ブルー)は、2008年7月期に放送された1st Seasonを皮切りに、これまでに3シーズンと特番が制作された大人気ドラマである。そして放送開始から10年目という節目に満を持して公開されたのが本作。TVシリーズでも事故現場の再現などに3DCGが用いられてきたが、基本的には可能なかぎり実物を用いる(実写ベースで描く)という方針が掲げられてきた。その方針自体は今回の劇場版でも変わりないが、映画ならではの大スケールを描く、あるいはドラマのリアリティを高めるためのインビジブルエフェクトなどが随所に施されている。「クライマックスの舞台となるのが、東京湾・海ほたるへの巨大フェリー衝突事故現場です。そのシーンの冒頭には、海ほたるへ向かうドクターヘリの姿を大ルーズで捉えた空撮カットが登場するのですが、VFXなしには実現不可能でした。本作では、海ほたるシーンのVFXを白組さんに担当していただきました。そして、序盤の見せ場となる成田空港への航空機緊急着陸事故をはじめとする全体のVFXリードを、3rd Season(2017)から参加していただいている1(イチ)さんにお願いしました」と、冨士川祐輔VFXスーパーバイザー(フジテレビジョン)はふり返る。

■ 前列:右から、冨士川祐輔VFXスーパーバイザー(フジテレビジョン)、菅原悦史VFXディレクター(1)、高橋正紀VFXディレクター、早川胤男氏、大野昌代氏(以上、白組)/■ 後列:右から、井上浩正VFXプロデューサー、江村美香氏(以上、白組)、向井寛之氏(1)、舟橋奨氏、田口工亮氏(以上、白組)、田中 勉氏(1)、山口拓洋氏、松本 圭氏、野島達司氏、早崎達矢氏、大久保榮真氏、植木孝行氏(以上、白組)
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VFXが必須となったシーンのビジュアル(=VFXチームの確かな画づくり)が牽引するかたちで、結果的にVFXショットは255に達した。これは当初の計画の3~4倍ものボリュームだという。そこで、ポストプロ工程に入ってから助っ人として参加したCGプロダクションも数社存在するとのこと。「1さんと白組さんをはじめ、ご参加いただいたCGプロダクションの皆さんには何かとご苦労をおかけしましたが、納得のクオリティに仕上げることができました。本シリーズの生みの親である西浦正紀監督と増本 淳プロデューサーにも喜んでもらえました」(冨士川氏)。

Topic01
リアリティを高めるインビジブルエフェクト

『コード・ブルー』シリーズ特有の画づくりとは

画づくりにあたっては本シリーズ特有の"ポイント"を押さえることが不可欠だと、冨士川氏。一般的に、事故や災害現場を描写すると聞くと、燃えさかる炎などを想起しがちだろう。しかし、いわゆるレスキュー隊とドクターヘリとでは、その役割のちがいから求められるビジュアルが異なるのだ。「災害(事故)現場へお医者さんを連れて行くためには、安全が確認されていることが大前提。つまり、災害状況としてはある程度落ち着いたビジュアルに仕上げる必要があります。『コード・ブルー』特有のエンターテインメントとリアリティのバランス取りには今回も悩まされました」(冨士川氏)。

そうした本シリーズのクオリティラインについて、3rd Seasonの制作を通して相応に理解している1が、リードVFXスタジオとして全体の取りまとめを担った。1内では、菅原悦史VFXディレクターを中心に、デジタルアーティストとコンポジター各2名ずつの計5名のチームで、成田空港シーンや病院内などで186ショットを担当。特にボリュームのあるVFXが、序盤の見せ場となる成田空港シーンである。災害ドラマでは、交通事業会社の協力を得ることが難しく、本作でも緊急着陸した旅客機「ボーイング 787 ドリームライナー」は、実機ではなく3DCGで描く必要があった。「ベースモデルは市販のものを活用しつつ、本作で求められるクオリティまでディテールを高めていきました」と、一連のCGワークを担当した向井寛之氏(1)。特別なことは何もしていないと謙遜するが、その出来映えはCGと気づかせない見事なものだ。今回の取材に応対してくれたアーティストたちは皆一様に「特別なことはしていません」と語るが、裏を返せば高い技量の裏返しと言えるだろう。

スケジュールは、2017年11月上旬にクランクイン、同年末にクランクアップ。撮影はスムーズに行われ、VFXも当初予定されていた分は、スケジュール通りに進行したという。メインカメラはALEXA、空撮シーンにはSony F55が用いられた。「空港の端で対象物があまりないので銀玉は使わず、Theta Sで360度写真を撮影してHDR素材にしました。マッチムーブはNUKEのCamera Trackerをメインに、SynthEyesを併用しています。マーカーが置けなかった上に役者さんがカメラを遮ることが多かったので、オーソドックスにギリギリ3点取れるところを繋げてトラッキングしました」とは、田中 勉コンポジター(1)。ポストプロダクションでは、エンドロール向けにドクターヘリにディテールアップを施すといった追加のCG・VFX制作が発生したため、最終的な納品時期は3週間ほどくり下げられたという。

フルCGの旅客機~成田空港シーン~



  • 「ボーイング 787 ドリームライナー」完成モデルのメッシュ表示



  • 同レンダリングイメージ

Substance Painterによる質感付け。最終的な調整は3ds Max上で行われた


ブレイクダウン



  • 実写プレート



  • NUKEのCamera Trackerでトラッキング後、カメラプロジェクションで必要のない要素を全て消して綺麗なプレートに仕上げる



  • 旅客機CGを配置



  • 実写の地面とCGの地面との色味を調整しつつ、旅客機の影を合成。後の作業で、キャストやエキストラを戻すときに実際のセットの影を活かせるように飛行機の影の位置を微調整しておく



  • セットで見切れてしまったタラップカーを3DCGで追加。併せて、旅客機の色味も調整



  • マスクワークにて、生身のエキストラや車輌等の実写素材を戻したら完成

ドクターヘリのディテールアップ

エンドロールにてクローズアップで描かれることに対応すべく、ドクターヘリ3DCGモデルのハイディテール化が施された



  • ディテールアップ前。劇中はこのモデルを使用



  • ディテールアップ後。元のモデルでは、ビスや溝などノーマルで表現されていたパーツも3ds Maxで形状として作り直されている。限られた時間の中で長尺のレンダリングが必要だったため、高輝度ノイズに対しては2次レイを抑えるmax ray intensityの設定だけでなく、clampで数値を2.0でクリップスするといった細かな調整が行われた。エンドロール中に登場するドクターヘリは全てクローズアップであり、全14カット(7,700フレーム)に達した



  • Substance Painterによる質感調整(シェーディング表示)



  • 同リフレクションマップを表示

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Topic 2 クライマックスを盛り上げる ~海ほたるシーン~

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Topic 2
クライマックスを盛り上げる ~海ほたるシーン~

物理的な整合性と演出を両立させる

白組が担当した、クライマックスの舞台となる「海ほたる」シーンのVFXは69ショット。ドクターヘリのアセットは1から支給されたが、1ではレンダラにV-Ray、白組ではArnoldを採用していたため、データ変換を行う必要があったという。「Arnoldは、物理ベースの処理に定評がありますが、モーションブラーも綺麗 でした。通常はローター系のブラーは実写素材を乗せたりするのですが、今回はそうした対応はいっさい行なっていません」と、白組チームを率いた高橋正紀VFXディレクターは語る。

海ほたるシーンの主なVFXとして、先にもふれた予告編にも登場する空撮ショットが挙げられる。オフライン編集時にランピング(タイムストレッチ)処理が施されていたため、黒煙のCGエフェクトや実写プレート中に映り込んだ走行するクルマ等、演出との整合性をとるのに苦労したという。「通常であれば可変前のノーマルなプレートでシミュレーションして、それから可変するのが美しいのですが、今回は可変後のものをトラッキングし直してシミュレーションをかけるというながれで、黒煙エフェクトを作成しました。1,500フレームと長尺なことに加え、カット頭で理想的な状態にするためには相応に事前の計算時間も求められました」とは、エフェクトワークを手がけた松本 圭氏。多大なる労力の上に完成したことは想像に難くない。

当然ながら海面の表現でも3DCGが活躍している。いずれのカットも自然な海面に仕上がっているが、基本的にはBOSS(Bifrost Ocean Simulation System)が使われている。「BOSSを使って波を作成し、それを元にBOSSキャッシュとして海面の波をベクターディスプレイスメントマップとして吐き出し、実際のカットではその画像を板ポリに対してディスプレイスさせて使用しています。航跡まではやらずに、海と何かがぶつかった ときに泡っぽいものが出るように工夫しました」と、大型フェリーをはじめとする船舶のアセット制作からショットワークまでをリードした田口工亮氏は語る。「ベクターディスプレイスメントの精度が高く、海面などの細かい波も表現できて良いと思います」と高橋氏も海面のレンダリング結果に太鼓判だ。そのほかにも、白組の調布スタジオが山崎 貴監督作品などを通じてノウハウを蓄積してきたデジタルエキストラが本作でも活躍している。フォトグラメトリーをベースに作成されたものだが、今回は特に上手くいったそうだ。「救命胴着や消防士の衣装のカラフルさや突起の多さがCGキャラクターの質感や陰影を施す上で効果的だった気がします」(高橋氏)。

広大な空撮ショットに華を添える

劇中で海ほたるに衝突する大型フェリーの完成モデル。モデリングには、MayaとZBrushを使用。テクスチャ作成ならびに質感付けにSubstance PainterとMARIが用いられた

黒煙エフェクトはFumeFXで作成された


ブレイクダウン



  • 実写プレート



  • プレートから車輌をバレ消し



  • 3DCGで作成した船舶を合成



  • 海上保安庁の巡視船が蒔く放水エフェクトを合成



  • 大型フェリーに黒煙エフェクトを合成



  • ドクターヘリを合成後、一連のコンポジット処理を施した完成形

3DCGによる海面の表現

海面の表現にはMaya 2017から実装された「BOSS(Bifrost Ocean Simulation System)」が用いられた。「BOSSで波を作成し、それを基にBOSSキャッシュとして海面の波をベクターディスプレイスメントマップとして書き出しています。実際のショットでは、その画像を板ポリに対してディスプレイスさせて使用しています」(田口氏)


ブレイクダウン



  • 実写プレート



  • 3DCGで作成した海面を合成

一連のコンポジット処理が施された完成形。白組 調布スタジオの強みとして、実写素材の効果的な活用術も知られているが、本作でも海面等に実写が併用されている。「現在最も使い勝手が良い実写素材は、iPhoneの4K動画だと思っています。露出もバッチリ合いますし、iPhoneユーザーのスタッフも多いので様々な種類の素材を手早く集めることができます」と、高橋氏は隠しTIPSを披露してくれた

さらに進化した白組のデジタルエキストラ

Mayaで作成したデジタルエキストラ


ブレイクダウン



  • 実写プレート



  • 3DCGで作成した海面を合成



  • デジタルエキストラを合成



  • 大型フェリーを合成

一連のコンポジット処理が施された完成形



  • 月刊CGWORLD + digital video vol.241(2018年9月号)
    連載「アニメCGの現場」にて『詩季織々』CGメイキングを掲載!

    定価:1,512円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:128
    発売日:2018年8月10日